瞬間とプレパラート

ドキュメンタリーの感想、不意に考えたことや思い出したこと、日常に関するインタビューを文章にします。


18日目(最終日) 佐賀→博多→東京

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さて、本日が旅の最終日。昨晩3時過ぎまで飲んでいたものの、最後の悪あがき観光をするため早起きし電車に乗る。二日酔いと寝不足でボーっとする中、珍しい輪っか型つり革に目を奪われる。おっさんは前から見る車窓に目を奪われていた。



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電車は程なく吉野ヶ里公園駅に滑り込む。



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駅を出るとすぐに田んぼ道。しばらく歩いていると、案内板とティザー感あふれる竪穴式住居を発見。



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竪穴式住居の下には、謎の椅子2脚。古代のロマンと現代のアートが融合していた。



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吉野ヶ里公園は校外学習の人気スポットだった。中は小学生のグループでいっぱい。一人で散策する28歳の俺、一体どう見られたのだろう(若干奇異な目で見られるのを感じたが…)。



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入口には敵の侵入を防ぐ逆茂木が。この上なくホスピタリティにあふれた歓迎。



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お邪魔しまーす。



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さらにお邪魔しまーす。



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誰かいた!すみません!…あれ?っと勘違い。怖ええって、この人形。リアル過ぎる。



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別の竪穴式住居にて。だから、怖ええって。リアル過ぎる。



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物見櫓に登り景色を見渡していると、例の小学生の団体が、特に男子たちが向こうから一斉にこちらめがけて走ってきた。急に恥ずかしくなり、即座に降りた。大人になるってこういうことか。しみじみ。



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弥生式カプセルホテル(笑)。



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「くだらないことをおっしゃる方は、どうぞご退場ください」
すみません!



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園内はかなり広く、二日酔いの人向けには作られていなかった。



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この中で眠りたかった(リアルに)。



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さてと。吉野ヶ里遺跡を巡り終えたので駅に戻った。駅前には、自転車・手小荷物預り所が。弥生時代から昭和30年代にタイムトラベル。



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お金をおろそうと駅前の郵便局へ行くと、ATMはなく窓口での対応だった。カードを渡し、用紙に金額や住所、氏名などを記入した。日本国内には実は結構こういうところも多いのだろうか。ライトカルチャーショック。



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駅のポスター。
カメラマン:じゃあ、次はもうちょっとにらめっ子顔してみようか、ミキちゃん。アクションもつけてみて。
モデル:こ、こんな感じですか…。
カメラマン:い、いや、それじゃ、往年のぶりっ子…(いっか。撮っておこう。ま、このカットは採用されないだろ)



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駅で一服しながら考える。なぜ、にらめっ子の最後の「こ」を子どもの「子」にしなければならなかったのだろう。そして、あのアクションは一体何を暗示していたのだろう。



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あのアクションは怒りを表現していたのではないだろうか?「まったくもう!」という。火の元を消えるまで確認しない怠惰な大人たちに対して。いや、やはりストレートに火の元を最後まで確認する行為を表現したのか?でも、それならあの手は不要なはずだ。ただのビジュアル的な彩りなのか?ただ、間違いなく言えることもある。俺は何を深く考えているんだ?



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博多に着いた。しかも12時ジャスト。いわゆる昼時。あれを食べるしかない!!



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違う違う!…ええっと…



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これこれ!この旅のラストを飾ってくれた食事は、とんこつラーメンでした。そしてお土産にあれを買わないと東京に帰れない。レッツゴー!



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ここじゃないここじゃない!…ええっと…



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やっぱこれだね。



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長かったような短かったような、不思議な18日間だった。



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新幹線内にて。「この蓋を開けると係員が事情をお聞きします」とな。こういう書き方されるとものすごく蓋を開けたくなるぞ。事情をお聞きされたくなるぞ。俺だけか。



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俺には、「非常用ドアコックであること」と「防犯カメラが作動していること」の上下関係が逆に思えてならない。どう考えても、「非常用ドアコックであること」が上に来るべきだろう。いや、しかし、時間の割合を考えると当然、非常よりも通常の時間帯の方が長いだろう。それゆえに「防犯カメラが作動していること」を上に置いたのか。…あ!わかった。「防犯カメラ作動中」のシールは後から貼ったのだ。あまりにも勝手に蓋を開ける輩が多いから。それを証拠に、「防犯カメラ作動中」の下には「みだりに開けると法律により罰せられる」という文言がない。なぜなら「非常用ドアコック」の下でその文言を使うカードは切っているからだ。だから、「この蓋を開けると係員が事情をお聞きします」という妙な文言にせざるを得なかったのだ。だが色は白黒にして下の赤よりは目立たなくしたって寸法だな!って俺は何を長々と考えているんだ!!京都も通過しちゃったよ。



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新幹線が東京駅に近付くにつれて、不思議な高揚感を感じた。ワクワクする。なぜだろう?と考えてみて答えがわかった(たまに感情ありきでその理由を後から探すことが俺にはある)。東京にたどり着いた後、色々な店や観光地に行ったり、色々な人に会うのが楽しみでならないのだ。18日間国内を巡り、日本はとても面白い国だと心底実感した。東京はその中心地。一番ワクワクする場所であるに違いないのだ。今回の旅で、日本全体に対する印象が―もとから悪いわけではないが―良くなった。その結果、住み慣れた東京も、日本という大きな括りにぐいっと引っ張られる形で魅力を増して見えていたのだろう。

ひょんなきっかけから行ったことのない国内を旅行することになったが、今は何の後悔もない。むしろ、若くて元気があり余っているうちに、様々な日本に出会うことができて本当によかった。助かった、とさえ思う。感謝。

長々と綴ってきましたが、以上です。お付き合いいただいた皆さん、ありがとうございました。



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(京王線の新宿駅ホームにて。「終日禁煙」から一文字拝借…帰宅ラッシュ時だったからジロジロ見られて恥ずかしかったな〜)

    2009/06/17   ニホンとの遭遇     166Comment 0  ↑ 

17日目 佐賀(⇔唐津)

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佐賀駅にて。駅前にスーパーがある県庁所在地駅も珍しい。生活感。ちなみにこの後ろにはクリーニング屋がある。生活感。



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さすがに県庁所在地駅だけあって改札は広々、そして堂々…と思ったら、改札も和光市駅レベルかよ(佐賀および和光市住民の方、怒らないでください)!



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とにもかくにも電車で唐津をめざす。本日はあいにくの雨。5月の半ばに始まったこの旅も、いつの間にやら6月に突入している。そろそろ梅雨入りの季節かな。



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唐津に到着!旅のサポーター、観光案内所に駆け込み情報収集。想像していた以上に見所が多いことがわかる。「お前、唐津の見所の豊富さみくびんなよ!」とブラマヨの吉田は言っていなかった。「なにで怒られてんねん」。



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駅前の商店街にて。し、しぶ過ぎるぜ、唐津ライオネスクラブ。



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今日は起きるのが遅かったので(昨晩の深酒のため)、早速昼食。唐津と言えば、イカ。というわけで、イカシューマイ定食をオーダー。郷土料理を食べれる喜び。ただ一つだけ言えるのは、イカシューマイ定食を名乗っているわりにイカシューマイ2つだけ…



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唐津と言えば、唐津焼。というわけで、唐津焼見学。人、自然、街並み、料理、こういうものに加えて、工芸品もその土地ならではのものを肌で感じ取りたい。ただ一つだけ言えるのは、お前おっさんか…



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続いて向かったのは唐津曳山展示場。ここには、毎年11月に行われる「唐津くんち」というお祭りの際に曳かれるデカい山車が一斉に並べられている。長崎へ行ったときも「長崎くんち」というお祭りがあることを知ったのだが、唐津にもあったんだな。そこでふと思う。俺、西日本のお祭りに全然行ったことないな、と。東北は青森のねぶた祭り、盛岡のさんさ踊り、仙台の七夕祭りなど色々見てきた気がするが、西日本となると高知のよさこいくらいのもの。日本は意外と広い。それに、季節によっても行事や景色は異なる。かなり攻め甲斐のある国である。



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こいつの記号感、大好き。



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館内では唐津くんちの映像が放映されている。おばあちゃんたちがなかよく見ていて、まるでおとなしい幼稚園児のようでした。



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次に訪れたのは、旧高取邸。明治期に炭鉱で成功した高取伊好さんの邸宅。内部は写真撮影禁止だったので撮れなかったが、ここはほんとに素晴らしかった!大正ロマン全開の洋間、学識が伺える絵画に彩られた杉戸、透かし彫りの欄間(光を受けると反対側の壁に模様が浮かび上がる)、さらに圧巻なのが部屋の中に格式高い能舞台まで備えているところ。佐賀の片田舎から来たおばちゃん3人と一緒に、説明を聞きながら1時間近くまわったのだが、部屋の細部の一つひとつにこだわりが感じられ全く飽きなかった。昔の金持ちはセンスがあったんだなあ。



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そして、唐津城へ。美しいなあと思うのだが、実は唐津城の天守閣を裏付ける資料は残っていない。どうやら天守閣はなかったらしい。というわけで、昭和41年に他の城やその時代の特色を参考に作ったのがこの天守閣とのこと。いや、いいんだけど…なんだかなあという思いもしこりのように残る。



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天守閣から見える島の名は、高島。何があるのかは一切知らない。だが、俺はあの高島をめざす。ただ船に乗りたい一心で(28歳男 特技:フェリー乗り)。



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き、来てしまった。もう船には乗らないだろうと思っていたのに。



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島まではフェリーで10分。運賃も片道200円。あっという間だが、結構スピード感があって楽しい。



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高島に着いて、さて何をしようと思いつつ歩いていると、商店の前に猫が。



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当然、寄り道(そもそも目的地なし)。



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猫と戯れていると、中からおばちゃん登場。この島の概要を聞く。この島には宝当神社なる神社があり、その名前とご利益から全国の宝くじファンやマスコミが押し寄せるとのこと。店の猫も、幸運を招く猫として人気者となっていた。全然知らなかったけどラッキー。この島の歴史の長さは知らないが、宝当神社目当てではなく、フェリーに乗りたい一心でやって来たのは俺くらいのものではなかろうか(おばちゃんに「あんた何しに来たの?」と言われ答えに窮した)。



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子どもが駄菓子を買いに来たため、猫を抱いたまま対応するおばちゃん。



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せっかくなので俺も宝当神社へ寄ってみた。



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壁には「当たりました!」の報告が続々。日本人って縁起かつぐの大好きだよなあ(宝くじ関係では冷めた目で見る俺も別の場所では縁起をかついでたりするもん)。



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それからぶらりと島を散策。昭和40年代にタイムスリップしたかのような雰囲気。



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島を歩き終え、やはり最後は商店に戻って猫と戯れた。



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帰りの定期船を待つ。地元の子どもたちと船の職員さんが仲良し。この男の子たちはとおせんぼをくぐり抜けて中へ入ろうと必死。きゃあきゃあ楽しそうだった。



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さよなら、高島。短い滞在時間だったが、印象に残る島だった。来てよかった。どうでもいいけど、なんで写真が夢の中の出来事みたいになってるんだ。



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唐津観光の締めは日本三大(!)松原の一角、虹の松原。



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いつの間にか雨も止み、のんびり海辺を歩いた。今回の旅で、気比の松原と虹の松原は制覇した。残るは静岡の三保の松原のみだ。ただ、一つだけ言えるのは、俺、そこまで松原に興味ねえ…



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唐津からスッテンコロリンと佐賀に戻り、最後の晩餐。佐賀牛ステーキ膳をいただく。運ばれてきた瞬間、肉の小ささに驚愕した(が、努めて冷静を装う)。



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これ4切れのみ(泣)。それでも長崎の鯨盛り合わせ以上に高い。が、そのぶん味は文句なし!噛んだ瞬間、ジュワっと肉汁があふれた。



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肉欲を満たしたところで(ちょっと意味が危険か)、喉の渇きを潤すために飲み屋へ。例のごとくビールから焼酎流れ。店のマスターがカラオケ好きらしく(タンバリンを持ち出し明らかに客に促していた)、次第にカラオケが始まった。隣のおっさん(限りなくおじいちゃんに近い)が歌った、「酒尽尽」という曲がとてもよかった。ふと思うのだけど、おじいちゃんは歌謡曲を歌うのが通常だが、俺ら世代がおじいちゃんになったらどうなるのだろう。「♪口唇に奪われ〜た あの愛の蜃気楼の中で」とか歌うのだろうか。ま、それはおいておいて、明日はついに帰京である!

    2009/06/17   ニホンとの遭遇     165Comment 0  ↑ 

16日目 長崎→佐世保→武雄→佐賀

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長崎を後にし、佐世保をめざす。おばちゃん、そんなにいかめしい顔で寝ないで…。



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電車は程なく海岸沿いを走り出す。前世モンゴル人or中央アフリカ人としては、魂が躍動するのを感じる。海への憧憬。



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電車はハウステンボスを通過。一人観光には向く場所と向かない場所がある。こちらは完全に後者でしょうな。またいつかの機会に。



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長崎から1時間半ほどで佐世保に到着。日本人は隙あらば「日本で一番」を探す民族です。



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佐世保駅で降りて改札の方へ向かうと、何やらハンバーガーのにおいが。佐世保はハンバーガーが有名とは言え、勘違いだろうなと思っていたら駅にあった、ハンバーガー屋。



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ハンバーガーに正しい食べ方なんてあったのか。初級と上級があるし。まったく(と言いつつ恥をかかないように一応しっかり学習しておく小心者の俺)。



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商店街にて。声に出して読みたい店名。ダン。



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佐世保の商店街では、アメリカ兵と思しき人もちらほら。長崎って、中国や朝鮮半島などのアジア、ポルトガルやオランダなどのヨーロッパ、そしてアメリカとほんとに異文化の影響を受けてきた場所なんだと思う。だから個性的なのだ。こういう県ってなかなか珍しい。



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んで、やはり昼食はハンバーガー。ボリューミーで激旨。佐世保万歳!!



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何かを宣言しているようで、何も発していないキャッチコピー発見。



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食後、海上自衛隊の佐世保資料館へ。1階から7階まで全て日本海軍や海上自衛隊に関わる資料が展示してある。じっくり見てまわったら1日かかるという内容の濃さなのに入場無料。



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大日本帝国の最大勢力領域。こう目にすると、ほんととんでもない戦いに発展したもんだと実感する(もし戦争に勝ってたらどうなってたんだ)。



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続いてバスで西海パールシーリゾートへ。目的はただ一つ。九十九島遊覧船。…わかってる…何度船に乗ればいいんだと…でもどうしようもなく…船に惹かれる…



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テンションアップ。



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明らかに調子に乗ってる男がいた。



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船は港から九十九島遊覧へと旅立つ。ちなみに九十九島の九十九とは「たくさん」という意味で、島の数は208個とのこと。



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船内には島の説明がアナウンスされている。これは、ライオンが寝そべっているように見える、通称ライオン島。わーい見える!と心の中ではしゃいでいる男がいた。



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船は九十九島を突き進むのだが、途中で豪快なUターンをした!このパールクィーン号最大の見せ場だ!こんな具合です!!どうぞ!!!



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つ、伝わらねえ…



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気を取り直して佐世保駅に向かい、一発目の消化を待たずして二発目獲得!注目したいのは次の駅。ひう。声に出して読みたい駅名。ひう。



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次なる目的地は温泉のある武雄。日々のプレッシャーから解き放たれようではないか。



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武雄温泉駅社員一同によるプレッシャー、来たー!



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おじいちゃんになったらどうするんだ。



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この武雄温泉は既に佐賀県。つまり最後の県に突入。来るところまで来たな。



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露天風呂もあって気持ちよかった!ただ、背中一面に鮮やかな刺青を入れている方がいらっしゃって、終始軽い緊張を強いられた。日々のプレッシャーから解き放たれようと思ったのに!てか、そもそも日々のプレッシャーなんてなかったわ、俺。



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信用金庫とか銀行って、名前がストレートだからその土地に来た感がある。



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佐賀には壮大な田んぼが広がっていた。



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佐賀駅着。ホテルに荷物を置いて、風呂に入り、あとは寝るだけという状況を作って、いざ外へ。



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三瀬鶏のせせりなど佐賀名物の料理も頼んだが、基本的には食べたいものとビールを体内に注入。



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ビール欲をほどよく満たしたところで日本酒流れ。お店の人(佐賀生まれ佐賀育ちのおかあさん)と閉店を過ぎても話していた。すみません!そして、バーに流れてまたビール&ジン。酔いもあるが眠気に耐えられず。よく歩いて帰れたもんだ。さてさて、明日は佐賀屈指の観光地、唐津行き。終日観光できる最後の日だ。

    2009/06/16   ニホンとの遭遇     164Comment 0  ↑ 

15日目 長崎

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朝、気持ちよく目覚める。今日は一日長崎巡りするぞ!と一人熱くなる。まずは宿から歩いて3分の眼鏡橋から。天気がよかったので眼鏡濃度の高い写真が撮れた。



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続いて路面電車に揺られて平和公園へ。階段を登ると「平和の泉」がある。この噴水は、水を求めながら亡くなっていった被爆者の方々の冥福を祈るために作られたそうだ。合掌。



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平和祈念像。長崎の象徴的な場所ですな。



3

リライトしたくなった。すみません、ライターなもので。…見逃せよ、俺。



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爆心地公園にて。祈りを捧げる女性がいた。



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原爆資料館へ移動。19の頃、岡山での教習合宿を終えた後、尾道と広島に寄った。その際に、平和記念資料館を訪れたことを思い出す。もうほぼ10年前か。そのときから「長崎にも行かないとな」と思っていた。戦争、核、平和。個人的には極端な思想は持ちたくないと考えているのだが、こういう資料館に入り現実を直視すると、そんなことを考えている自分が浅ましく思える。



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長崎駅前の様子。続いて、日本二十六聖人記念館へ。



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1597年2月5日、豊臣秀吉の命令によって、26人のカトリック信徒が処刑された。一行は京都で耳たぶを切り落とされて市中引き回しにされた後、歩いて長崎まで移動させられたそうだ。処刑されるために。一体どんな気持ちで歩いていたのだろう。逆に、秀吉にそうまでさせた憎しみや得体の知れないものへの恐怖は、どれだけ大きいものだったのだろう。



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26聖人の中には12歳の少年もおり、気の毒に思った者が棄教を条件に助けようとしたが、丁重に断られたという。人間というのは、何かを信じたときに、それこそ信じられないような変化を起こす生き物なのではないだろうか。「神は愛なり」…ものすごくシンプルだが、どこまでも深い意味を持っている言葉だと思う。



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かわいいノラ猫に、ふと癒される。



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色々考えていたら、お腹が減ってきた。中華街で飯にしよう!



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というわけで、名物皿うどん。具だくさんで大満足。



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食後一箇所目は、出島。あ、これはミニチュアです。



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鎖国状態にあった日本において、唯一海外に開かれていた出島。歴史で習ったな〜。周りを埋め立てられた現在は島ではないものの、今後長崎県主導で周りに堀を巡らすなどして、完全な復元をめざすとのこと。部屋の内部もこうして着々と復元されていた。



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スタッフも完全装備でお出迎え。軽いすべり感をものともせず。



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またまた路面電車に乗り込んで、国宝(洋風建築では唯一の)大浦天主堂へ。現存する日本最古のキリスト教建築物だそうだ。



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中では撮影禁止だったので、外から撮影。ステンドグラスが綺麗でした。



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続いてお隣のグラバー園へ。幕末から明治にかけての外国人居留地を整備してできた観光地。まずは長いエスカレーター(動く歩道?)を登る。



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上に登ると長崎の町が一望できる。港もいいけど、斜面に立つ家々は実に長崎っぽいと俺は思う。



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園内は洋館のほかに緑も多く、ゆったりくつろげる。小さな滝もある。その前にカメが…あれ?



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カメのオブジェの上にカメがいた!カメonカメ。



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夜になるとライトアップされて綺麗なのだろうが、昼に見ると哀しいものがある。



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日本最古のコンクリート道。だから?とは言わないでください。浮かれて歩いちゃった私の立場がなくなります。



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これがグラバー邸。紫陽花がきれい。中に入ることもできた。下北沢にあるグラバー亭という店の名はここから取ったのだろうな。見聞を広げると、それまで何とも思わなかったスポットに光が当たることがある。



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園内の喫茶店でほっと一息。長崎だけにカステラなんてあったら最高だな!と思っていたらほんとにあった。しっとりしていて美味しかった。



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早速同じカステラをお土産に購入。現地で食べたときにアクセントとして効いていたザラメのジャリジャリ感は、東京で食べたときには失われていた。なるほど。やはり現地で食べるって大事なんだな。



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旅先では、お国自慢に耳を傾ける度量の大きさが求められる。



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歩き疲れたため、いったん宿に戻って仮眠。回復後、街に繰り出す。サラリーマンも赤ちょうちんに吸い寄せられていた。



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宿の人に夕飯を相談したところ、鯨という選択肢が浮上していた。生魚嫌いの俺だが、鯨を食べてみたいという誘惑には勝てなかった。というわけで鯨の盛り合わせを注文。いい経験になった。ビール後は焼酎に流れ、しこたま飲んだ。



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宿に戻り、また眠くなるまでリビングに滞在。部屋が薄暗く、外人さんがギターを静かに弾き始めたため、次第に夢見心地に。長崎の一日はこうして更けていった。明日は佐世保経由で最後の県、佐賀入りだ。この旅もいよいよ終わりが近付いている。

    2009/06/16   ニホンとの遭遇     163Comment 0  ↑ 

14日目 熊本→天草→長崎

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カプセルホテルの朝食会場にて。みんな同じ衣服を着用し、同じ食事を取る。ライトな刑務所である。



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本日は天草諸島経由で長崎入りする日。バスの中で、片時も離さず持ち歩いていた地図帳を眺める。お世話になったなあ、これ。特にフェリーが出ている区間に線が引かれていたのがよかった。俺はその線をあざとく見つけ、旅に活かしたのだ。ただ、電車やバスの中で読むのは結構恥ずかしかった。「地図帳見て旅かよ!」みたいな好奇な視線を必ず浴びるのである。



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バスは熊本駅から天草の中心地、本渡へ走り続ける。天気もよく、海が美しい。途中のバス停で、ダンボールに入ったスイカを運ぶ青年が乗り込んできた。スイカの名産地、熊本ならではのひとコマだった。



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天草の本渡に到着後、レンタサイクルの店へ。だいぶお年を召したご主人であり、動きが軽くコントっぽかった。この写真でその片鱗が伝われば幸いである。



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早速、小高い丘の上にある殉教公園へとチャリを走らせる。天草と言えば、天草四郎やキリシタン大名、天正遣欧少年使節など、キリスト教にゆかりの深い地。机の上だけで学んできた内容を体感できる素晴らしい好機。



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殉教公園をのんびり散策し、自転車で坂を下る。いやっほ〜い!



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すると、お墓の群れと遭遇しました。



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あまりにも美しい墓地なのでちょっと寄り道。向こうから来るおばあちゃんがいい雰囲気を醸し出していた。すれ違うときに挨拶をされたので、挨拶をし返した。やあやあ。



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俺もかぶりたい。



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お昼は天草で獲れた新鮮な海の幸定食。煮魚、生魚、焼き魚。全部揃って840円。安いよ、大将!味も抜群。刺身なんて生魚嫌いの俺がうめえ!と感動したくらい。大将が色々話してくれて楽しかったし、携帯電話の充電もさせてもらったので、1000円札のおつりは受け取れなかった。



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天草生まれ天草育ちの大将。俺が色々なことを聞いても優しく答えてくれた。ただ、高橋克実に似てるって言われませんか?とは聞けなかった。



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お腹を満たして、次は天草切支丹資料館へ。この資料館、もともとは殉教公園の中にあったのだが、現在改装中のために本渡歴史民族資料館の1階に間借りしている。たまたま東京から来た団体シニア(50人くらい)と一緒になり、彼らと一緒に説明を聞いた。天草四郎陣中旗も見ることができる(複製。年に数回だけ本物も展示するとのこと)。



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その優しさに、熱いものがこみ上げてくる。



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重要文化財の祗園橋。45脚の角柱に支えられている、全国的にも珍しいアーチ型の石橋。天草の乱時には激戦地だったようだ。自転車を降りて渡ってみると、「お、あいつ祇園橋を渡っとるな」という視線を浴びた(自意識過剰ですか?)。



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海へ、一直線。



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どん詰まりで自転車を停めて、たそがれてみると、「お、あいつたそがれとるな」という視線を浴びた(くどいですか?)。



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本渡を満喫し、長崎行きのフェリーが出る街、富岡へバスで移動。車窓から見える海がどれだけ美しいかは、この地元のおっちゃんらしき人が見とれている様子でわかると思います。



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富岡港着。出港まで少し時間があるので富岡観光へと出かける。



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手堅く富岡城を攻める。



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島原・天草一揆の舞台にもなった富岡城は現在、富岡ビジターセンターとなっていた。閉館寸前に滑り込むことに成功。駆け足で巡った。



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富岡城からの眺め。さて、ぼちぼち港に戻るか。



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港の前でシスター発見。キリスト教との縁は、今なお続いている。



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長崎行きのフェリーに乗船。船から見える海の眺めがどれだけ美しいかは、この地元のおっちゃんらしき人が見とれている様子でわかると思います。



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乗った直後は高々と燃えていた太陽も次第に高度を下げ、ついに19時頃に沈んでしまった。



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この旅10個目の都道府県、長崎県に到着。長崎も結構前から訪れたかった県の一つだった。前に住んでいたアパートの大家さんの愛人さん(奥さん公認!)が長崎の女性だったため、度々足を運んでいた大家さんに常々「長崎はいいところだよ、t.yanoくん」と聞かされていた影響も多分にあると思う。



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2泊する長崎ではドミトリーの宿を選んだ。ブエノスアイレス時代のおかげでドミトリーには慣れているし、一泊2500円と格安。宿の方に「8人部屋になります。t.yanoさん以外は全員外国人さんですね」と言われ、ふと不安に。そういや、ブエノスアイレスのドミトリー、日本人限定だった!



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何はともあれ、荷物を置いて、飯だ飯!長崎と言えば、長崎ちゃんぽん。宿の人オススメのお店へ。具もスープも麺もめっちゃ美味しかった。スープ一滴残さず飲み干した。



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宿の人がこの店を紹介するとき、「福山雅治さんも通っているお店ですよ」と言っていた。正直、俺は内心「出た!一度行っただけで通っている扱いされた芸能人のパターン」と思った。が、ほ、ほんとに通ってるよ。



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部屋は二段ベッドしかないので眠くなるまでの時間、リビングのようなスペースでスポーツニュースを視聴。



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すぐ隣にはインターネットスペース。左の外人さんがポルトガル出身だったので、ポルトガルラバーの俺はびっくりしてポルトガルに行ったときのことを話した。その後、オーストラリアの女性も加わり、夜は更けていった。明日は終日長崎観光だ!

    2009/06/15   ニホンとの遭遇     162Comment 0  ↑ 

13日目 阿蘇→熊本

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朝8時半、宿の人に懇切丁寧にバスや阿蘇についての情報を教えていただく。さらに、バス停のある阿蘇駅まで車で送ってもらった。ちなみに今日はガス規制で噴火口の間近まで行くことができないとのこと。残念だけど了解しました!お世話になりました!行ってきます!



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阿蘇駅にて。まだやわらかい時期に歩いちゃったのね。猫、ふんじゃった(犬かも)。



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バスに乗った直後、駅のバス会社の関係者が運転手さんに、「今、ガス規制解除されました」と伝えていた!ラッキー。てか、そんなにくるくると規制と解除って変わるもんなんだな。



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というわけで、山頂へのロープウェイに乗ることも可能に。



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阿蘇、来たー。



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ロープウェイを降りると、そこは阿蘇山頂。なにやら激しくモクモクしている。ダイナミッキーだ。



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噴火口は真っ赤でも、灰色でもなく、エメラルドグリーンだった。予想の3割増し綺麗である。柵があるのでこれ以上近付けなかったが、できることならあのエメラルドグリーンにダイブして、クロールしてみたかった(体溶けるのか)。



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周囲は散策路となっていたので、雄大な風景の中をのんびり歩く。



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相手は大自然。なめていると酷い目に遭いそうだ。誰だ、ダイブしてクロールしたいとか抜かしてた野郎は。



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阿蘇を堪能し終え、再びバスで下山。考えてみれば、火山って生まれて初めて見学した気がする。あのスケールの大きさは、他の穏やかな観光地とは較べものにならない別次元のものだった。今後も滝とかオーロラとかすごい風景を見てみたいと思った。素直に。



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昼食は熊本の郷土料理、高菜めしとだご汁。テーブルに運ばれてきた瞬間に目に飛び込んできたのは、これは間違いなく超美味しい料理だろう、と強く確信できるほどの文句の付けようのない奇跡のビジュアルだった。俺にとって。なだけに、期待のリミッターを振り切ってしまい、味はそれほどでもないように感じてしまった。もっと見た目の旨そう感を下げてくれ!(いや、とっても美味しかったです!)



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お腹もいっぱいになったところで、いざ、熊本市内へ。その前に名所、水前寺公園で途中下車してみよう。



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新水前寺駅近くにて。鳩、お前…容赦ねえ…



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水前寺公園に到着。ここは江戸時代に作られた大名庭園。日本庭園好きとしては、ぜひとも押さえておきたかった。



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錦鯉も実に立派!力あるねえ、水前寺公園。



1117

ちなみに水前寺、と言えば、熊本出身の水前寺清子。チータの愛称でお馴染みですが、さてその「チータ」の由来、ご存知ですか?水前寺清子は本名、林田民子。「もしデビューできても、いつまでも小さな頃のタミちゃんの心を忘れずに」、つまり「小さなタミちゃん」の略から来ているんです。さあ皆さん、今夜、どこかのバーでご披露ください!(披露中に相手に帰られても断じて賠償には応じません)



1125

看板猫発見。お前、阿蘇駅で乾く前のコンクリート踏んでないよな?



1136

続いて熊本城へ。やはり名城だけあって美しい。



1135

気を付けます!



1139

お殿様の、おな〜り〜感。



1141

豪華絢爛、質実剛健、出前迅速、落書無用。



1146

豪華な部屋を見ていたら甘いものが食べたくなったので、アイスクリームを手に入れた(逆光について触れるのは、タブーだったはずです)。



1149

街には路面電車が走っている。東京に住んでいると、路面電車を見るだけで旅情を感じる(東京でも2路線走ってることについて触れるのは、タブーだったはずです)。



1147

熊本の市街地はかなり賑わっていた。鹿児島にも似ていると思った。



1152

熊本駅の観光案内所で明日の相談。本当は明日、熊本城など熊本市内の観光をしようと思っていたのだが、予定よりも早く阿蘇観光を済ますことができたので、予定が繰り上がったのだ。相談の結果、軽く視野に入れていた天草諸島へ寄ることに。持参の地図帳では熊本港からフェリーが出ていることが読み取れたのだが、なんと今年廃線。が、バスでも行けるとのこと。丁寧な説明に加えて、地図やら資料もたくさんもらってしまった。熊本駅の観光案内所のお姉さん、パーフェクト!



1154

明日の予定も決まり、ホッとした気持ちで夕飯。ここは熊本。当然、馬刺し。ちなみに馬刺しの左の鉄板焼きも馬肉、サラダに使っているハムも馬の馬肉3点セットを注文した。もうほんと美味しかった!特に馬刺し!おい!美味し過ぎるぞ!(キレながら)



1156

俺の隣の席には地元のおっちゃんとホステスさんのペア。いわゆる同伴。なぜか最初から最後までずっと会話することとなった。「ひともじぐるぐる知っとうか?」「いや、知らないです」「じゃあ、食べんと」という会話から注文したのが、写真のひともじぐるぐる。青ネギがほんとにぐるぐる巻かれている。ひともじぐるぐるを注文して、なんだか余計に愉快になってきた。



1157

その結果、焼酎をガブ飲み。米焼酎だったか、麦だったか。もはや記憶が曖昧。



1160

熊本ラーメン(推定)。次の日、この写真を見て、「あれ?食ったっけ?」と思う自分がいました。腹減ってたんでしょうな。



1161

サントリーの天然水(推定)。ホテルで撮った模様。たぶんボトルに「阿蘇」って書いてあったのが、珍しかったんでしょうな。最後、記憶が微かだけど、やっぱり九州は面白い!明日は天草から長崎入り。一体どんな風景や楽しいこと、美味しいものが待っているのだろう。

    2009/06/12   ニホンとの遭遇     161Comment 0  ↑ 

12日目 高松→八幡浜→別府→阿蘇

974

朝食を食べているとき、宿のおばさんに「今日はどちらへ?」と聞かれたので、「阿蘇です」と答えると、「あ、そう」と返事された。その顔からは偶然なのか狙いなのかを測りかねたため、「ええ。そうなんです」とだけ話し、コーヒーを口に含んだ。



977

高松駅の朝。今日は金曜日。改札は通勤や通学の人たちでごった返していた。



980

今日はこの旅始まって以来の大移動日。高松から愛媛の西の八幡浜へ行き、そこからフェリーに乗って別府へ。さらに別府から大分、大分から熊本の阿蘇まで向かうのだ。予定では阿蘇着は21時過ぎ。ほぼ一日かけての移動だ。



988

高松を出発した特急いしづち7号は、四国を西へとひた走る。途中、瀬戸内海沿いを通る。瀬戸内海も実にきれいだった。



993

愛媛の松山駅でアンパンマン列車に乗り換え。大きなバッグを持って、明らかに旅行者風情の俺は、「こいつ、もしかしてアンパンマン列車に乗るために愛媛へ来たのか?」という好奇な目に耐えなければならなかった。ち、違うんだ!俺はただ、九州へ行きたかっただけなんだ!本当だ。信じてくれ!



994

発車してわりとすぐに野球場の横を通過。もしかして松山坊ちゃんスタジアムじゃね?と撮ってみた。自分につっこみたい。だから何だ。



997

車窓から。愛媛県西部の風景。ここら辺は俺の田舎である高知県の中村と近い(そこそこ遠いが)。なので、外の景色がとても懐かしく感じられた。ものすごく似ているのだ。



999

一瞬、いとこに連絡して、田舎に寄ろうかと本気で画策した。ふと帰りたくなったのだ。が、実際寄るとなるとものすごい時間的ロスが生じるうえ(阿蘇入りは不可能に)、やはり旅のテーマを重視しやめることに。今度は真夏に来たいな、四国。



1001

高松からおそよ3時間半、愛媛県の八幡浜駅に到着。50分後に別府行きのフェリーが出るため、急いで港へ。



1004

乗船15分前に入った港の食堂で、じゃこ天定食をついばむ。じゃこ天がこんなに美味しいなんて!ちなみにお店の人は15分前ということで、早く出来上がるカレーを猛プッシュしてきたが、「僕、早食いだけが取り柄の男なんです!」と適当なことを言って無事に名物メニューにありつけた。



1005

間に合った。フェリーに乗る前はいつもワクワクする。



1008

さよなら、四国。愛媛はいつかゆっくりまわりたい。今回の旅では、「行ったことがあるにカウントしたけれどほぼ行っていないに等しい県」が実は2つあった。その一つが愛媛県だったのだ。愛媛は最南端の御荘町に行っただけだった(ほぼ高知県)。ちなみにもう一つは宮崎県(鹿児島旅行に行ったとき、えびのに寄っただけ)。



1011

この日はよく晴れていて、甲板が気持ちよかった。意図はしていなかったのだけど、5月のゴールデンウィークの後かつ梅雨の前って、一年で最も国内旅行に適した時期だと思う。



1016

大人げなくフェリーの中を探検。



1019

そして大人っぽく甲板でビール(むしろ大学生っぽいか)。



1025

甲板と客室を行ったりきたりした。



1022

別府までおよそ3時間。この間、どういうわけかひたすらテンションが高かった。一人旅をしている楽しさがふつふつと沸いてきたというか。九州へ上陸できる喜びと、逆にもうすぐ東京に帰れるという喜びもあった。俺の一人旅にとって、「帰ること」の意義は大きい。日常生活において、帰宅に喜びを感じるだろうか。きっと感じないはずである。それが旅行に出ると、帰宅という行為が非常に尊いものになるのだ。見慣れた街並みがどう見えるのだろうとか、自分にどういう変化が起きているのだろうとか、そういった気になることへの回答は、全て「ただいま!」の付近に集中している。



1030

こんにちは、九州。久しぶり。



1034

仲のよい友達4人と行った高校の卒業旅行は大分だった。当時せっかく別府まで行っておいて温泉には入らなかった。おかげで大分や別府の記憶と言えば、バッティングセンターと焼肉くらいのものだ。あれは完全に若気の至りだったと思う。でも、それでいいのだ。それが18歳ということなのだ。そつなく温泉に入り、神社仏閣をまわり、郷土料理を頂く18歳の男子グループがどこにいる?そんなのは10年後の自分がやってくれることなのだ。



1033

このように。



1036

ほら、このように。



1038

激しく美味しかった、とり天。このフレーズ、卒業式に全員で発したい。
t.yano:激しく美味しかった、
卒業生一同:とり天!



1039

ビールも地ビールも進みまくる。風呂上りということもあって、心地よさが頂点に達した。



1048

ほろほろと電車に乗る。大分から豊後竹田までの車内で、トイレ(小)をひたすら我慢し続けた。途中下車したらアウトだった(阿蘇に到達できず)ので冷や汗をかいた。「お前、ビールの利尿作用の強さみくびんなよ!」とブラマヨの吉田が言ってたような言ってなかったような。「なにで怒られてんねん」。



1051

待望の豊後竹田に到着。こんなん撮ってる場合じゃねえ。誰よりも早くトイレへ。



1053

夕飯は駅前のお弁当屋でおにぎり弁当。薄暗い駅前のベンチで頬張る。



1055

またすぐに熊本駅行きの電車に乗り込む。もはや外は真っ暗。



1057

宿のある内牧駅に到着。予定通り21時過ぎ。これであとは徒歩だけだ。移動長かった〜。



1060

く、暗いです。小さい女の子なら泣き出してしまうレベルです。



1063

ようやく宿に到着。ふうう。ところで俺、たいていそうだけど、阿蘇に関しても情報を入手していなかった。宿の人に聞けばいいやと思ったのだ。これまでも、それでなんとかなってきた。ところがここの宿の人、「阿蘇は皆さん、車ですので…」と徒歩旅行者が知りたい情報(バスの時刻表とか)を持っていなかった。やべえ。が、「明日までに調べておきますので、朝、ロビーに来てください」とのこと。ありがとう!いい人過ぎる。俺は宿の人に貸してもらった熊本のガイド本を眺めながら、のんびり夜を過ごした。さて、いよいよ明日から九州巡りが始まる。

    2009/06/12   ニホンとの遭遇     160Comment 0  ↑ 

11日目 徳島→高松(⇔琴平)

880

高徳線に乗って四国を北上、高松へ。この電車の中では、国内団体シニアの方々と乗り合わせた。まるで高校生の修学旅行のように、みんなでお菓子を回し食べしていた。そのため、車内は異様なまでのかっぱえびせん臭に包まれていた。



889

高松の前の屋島で途中下車し、四国村に立ち寄る。昔の四国の村が再現されているのだとか。



892

入村の前に手堅く一杯。11時頃だが、朝食ということにしよう。



895

四国村に入るとすぐに橋が。四国村、意外とアスレチッキーな造りをしているのか。



896

大音量でインディージョーンズのテーマソングが流れていた(脳内で)。



905

園内では、こういった昔の家や施設が保存されている。



904

部下:係長。民家の件なんですけど、臨場感を出すために縁側に米俵を置くなんてアイディアどうでしょうかね?
上司:う〜ん…ちょっと考え直した方がいいんじゃないか?縁側にこれ見よがしに米俵を置く家庭なんてなかったと思うのだが…
部下:係長!誰もそんなの気にしません!縁側に米俵を!!
上司:わ、わかったよ。好きにしたまえ。



908

縦は珍しいぞ、縦は。



902

丸も珍しいぞ、丸も。



907

竹林を抜ける。有名なのかもしれませんが、この四国村はほんとおススメです。散策していてとても楽しい。入園料は中に入るための料金ではなく、タイムスリップの渡航費です。



911

洋館の前では、綺麗なバラが咲いていました。



913

紫陽花通り。梅雨の季節は圧巻だろうな。ここ四国村では、植物も愛でられる。古い村の風景も、植物も、うどんも楽しんで、大満足でいざ高松へ!



924

高松駅着。ホテルを探して荷物を置き、すぐに次なる地、琴平へ。



926

高松に来たからには当然、金比羅さん参り。京王よみうりランド駅で降りたらよみうりランドへ行くのが当然なように(言い過ぎですか)。



928

初めて降り立ったよ、琴平駅。もう小さい頃から何回も(20回くらいか)特急南風号で過ぎ去ってきた駅。



929

ここまで方言丸出しの標語も珍しい。注目したいのは、他人と書いて「ひと」と読ませるところ。問題はリズムではない。「人のすかんことは〜」では表現し切れない思い、「たにんのすかんことは〜」では温かみに欠けるという思い。このアンニュイなアンビバレントをブレイクスルーするアルティミットなソリューション。それが、「他人(ひと)」である。琴平町民会館、本気(当然「まじ」と読んで欲しい)である。



932

金比羅さん参りの前に腹ごしらえ。本日2杯目のうどんが昼食。



934

金比羅さん方面に向かうと登場。最初の階段。知らない方のために説明しておくと、金比羅さん参りは階段を登らずして可能なものではありません。最悪なことに雨が降り出しました。



940

本当はもっと丁寧に写真をアップしたいところですが、金比羅さんの本宮に到着。ここまでで785段。9割以上の人はここでお参りして下山する。



941

しかし、俺は「奥社←」の挑発に乗ってしまった。あ、雨なのに…。このドMが!



944

ちなみにこの日のこの時間、俺以外誰も奥社参りを試みようとはしていなかった。一人きりで霞の中、歩を進め続ける。



945

そして、ようやく奥社にたどり着いた。途中、結構フェイクがあって、何度もやっと着いた!と騙された(こっちが勝手にフェイクだと思ってるだけなのだが)。



950

計1368段。どや。



947

眼下には瀬戸内海が一望できる(脳内で)。



948

厳かな気持ちで奥社にお参り…って、怖ええよ!



949

記録帳が置いてあったので、ここに至るまでの葛藤、偽らざる本音、頭を去来する想いなどを一言にまとめてしたためる。



958

スッテンコロリンと下山し、お土産屋街の一角にあったドクターフィッシュ屋で足の疲れを癒す。いつまでもくすぐったさに慣れず、きゃあきゃあ喚き、悶絶し、お店のお姉さんを困惑させた(28歳男)。



962

琴平から高松に戻る電車内にて。八十八箇所巡りの人なのだろう、四国感がある。ただ車内には、電車で移動かよ!みたいな空気が軽く漂っていた。それは、猿岩石が飛行機に乗っていたことが発覚したときの空気感にそこはかとなく似ていた(例えがオーバーエイジですか?)。



963

高松駅構内の立ち食い店にて。これはあくまで間食。



970

夕飯はカレーうどん。本日、うどん4杯目なり。ここのカレーうどん、めっちゃめちゃ美味しかった!!他の客もほとんどこれを注文していた。これまで近江牛やうにいくら丼、ソースカツ丼にご当地ラーメンなど、結構美味しいものを食べ歩いてきたが、現時点ではこのカレーうどんが堂々のナンバーワン。旨い肉も旨いラーメンも人生で食べたことはあったが、旨いカレーうどんを食べたのは初めてだったというのがあると思う。さて、明日は香川と愛媛を横断して、水路で九州入りする。2年前に博多と鹿児島へ行って以来、大好きになった九州。楽しみでならない!

    2009/06/12   ニホンとの遭遇     159Comment 0  ↑ 

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Author: t.yano     momentpre@hotmail.co.jp